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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2419号 判決 1973年10月12日

控訴人・附帯被控訴人(被告)

日本相互住宅株式会社

ほか一名

被控訴人・附帯控訴人(原告)

若林志免子

主文

一  原判決中控訴人(附帯被控訴人)ら敗訴の部分を次のとおり変更する。

(一)  控訴人(附帯被控訴人)らは各自被控訴人(附帯控訴人)に対し金一七万〇二二六円およびこれに対する昭和四二年一〇月六日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

二  附帯控訴に基づき拡張された請求について。

(一)  附帯被控訴人(控訴人)らは各自附帯控訴人(被控訴人)に対し金五万円を支払え。

(二)  附帯控訴人(被控訴人)のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二〇分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)らの連帯負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

四  この判決は、第二項の(一)について仮に執行することができる。

事実

控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)ら代理人は、控訴の趣旨として「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。被控訴人・附帯控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人・附帯控訴人の負担とする。」との判決を、附帯控訴により拡張された請求につき請求棄却の判決を求め、被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)代理人は、控訴につき「本件各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を、附帯控訴の趣旨として「控訴人らは各自被控訴人に対し金五〇万円を支払え。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、双方代理人において次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりである(原判決五枚目裏六行目の「急制道」を「急制動」と訂正する。)から、これを引用する。

(被控訴人代理人の陳述)

一  被控訴人が古畑病院支払分の治療費を原審において三三万一六二〇円と主張した(原判決三枚目裏四行目)のを三五万八一一九円と訂正し、これに伴い原判決四枚目裏八行目の「三七一万八七五三円」を「三七四万五二五二円」と改める。

二  被控訴人が訴外大成火災海上保険株式会社から昭和四二年一二月四日自動車損害賠償保険法による保険金の支払を受けたことは認める。しかしながら、その金額は合計金四九万四五七七円であり、その内金一八万四五七七円が治療費等に関する損害賠償金、残金三一万円が後遺症に関する損害賠償金である。

三  被控訴人は、控訴人らに対し本件事故による損害の賠償を請求するにつき本件訴訟の提起、原審および当審におけるその訴訟追行を弁護士(原審においては弁護士渡辺明および同秋田経蔵、当審においては弁護士秋田経蔵)に委任したのであるが、その費用として本件訴訟終了後に金五〇万円を支払うことを約定しているので、右費用負担による損害の賠償請求を附帯控訴により拡張する。

(控訴人ら代理人の陳述)

一 被控訴人は、昭和四二年一二月四日、自動車損害賠償保障法第一六条所定のいわゆる被害者請求に基づき訴外大成火災海上保険株式会社から、治療費等に関する損害賠障金として金一八万四五七七円と後遺症に関する損害賠償金として金三一万五六二七円の支払を受けたから、右合計金五〇万〇二〇四円は、本訴における被控訴人の控訴人らに対する損害賠償請求額から差し引かれるべきである。

二 本件訴訟の提起および追行につき被控訴人が支払を約定したと主張する弁護士費用金五〇万円は相当金額を越えるものというべきである。〔証拠関係略〕

理由

一  昭和四二年一〇月五日午後五時一五分頃、東京都世田谷区池尻三丁目一九番一〇号先路上において、道路横断中の被控訴人に控訴人山田昭男の運転する控訴人日本相互住宅株式会社(以下「控訴人会社」という。)所有の自家用乗用自動車(品川五さ七四四号。以下「加害車」という。)が衝突し、これにより被控訴人が骨盤骨折その他の傷害を受けた(以下「本件事故」という。)ことは、当事者間に争いがない。

〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。この認定を動かすに足りる証拠はない。

(一)  本件事故発生の現場は、その南端において渋谷方面から三軒茶屋方向に通ずる東急玉川線の電車軌道敷のある道路と交差し淡島通りにいたる道路で、幅員六米の車道とこれを差挾む各側それぞれ幅員二・五米の歩道とからなり、車道にはアスフアルト舗装が施され、路面は良好である。付近は、自動車運転速度が時速四〇粁に制限され、交通の幅輳する市街地である。本件事故発生地点から南方二二・三米には交差点の横断歩道の北端線が引かれている。

(二)  本件事故当時、前記交差点に赤信号が出ていたので、淡島通り方面から交差点に向つて南進する車輌(加害車の対向車)が約一〇台信号待ちのため停止していた。加害車を渋谷方面から運転して来た控訴人山田昭男は、前記交差点を右折し時速約二五粁の速度で前掲横断歩道北端線より約一五米北進した折柄、被控訴人が東側の歩道から、向側にあるスーパーストアで買物をするため車道を横断しようとして、歩道上で南北よりの進行車輌のないことを確めたきり、不用意に、停車中の対向車(南方から数えて三台目)の背後から加害車のやや右斜の前方約七米の地点に急ぎ足で突然現われて来た。控訴人山田昭男は、加害者の右側には対向車が停止し、左斜め前方には車体の右側を〇・六五米車道上にはみ出して駐車中の自動車があるため、左右いずれにもハンドルをきることができず、やむなく急制動の措置をとつたけれども、加害車のボンネツトの中程が被控訴人の左腰部辺りに衝突し、二・二米前方に被控訴人を転倒させた。

叙上に認定した事実によると、本件事故の発生につき、控訴人山田昭男には、本件事故現場附近において前方および右方の安全を充分に確認しないで加害車を運転した点で過失があり、他方、被控訴人にも、横断歩道(被控訴人が歩道より車道に入つた地点から南方二三米前後辺りに設けられている。)によることなく、しかも停止中の自動車(加害車の対向車)の背後から左右に注意を払わないまま車道を横断しようとした過失があるものというべきであつて、両者の過失の割合は、控訴人山田昭男について三、被控訴人について七と認めるのを相当とする。

二  してみると、控訴人山田昭男は、本件事故に基づいて被控訴人のこうむつた損害につき民法第七〇九条の規定により賠償の責に任じなければならないものというべきである。さらに、控訴人会社がその所有にかかる加害車を自己のため運行の用に供していたことに関しては当事者間に争いがないので、控訴人会社も、自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により被控訴人に対し本件事故につき損害賠償責任を負わなければならないものである。控訴人会社は、同条但書所定の免責を主張するが、控訴人山田昭男に過失が認められる以上、その余の免責事由の有無にかかわりなく、右主張は採用できないものといわなければならない。

三  そこで、被控訴人が本件事故によつてこうむつた損害およびこれに関する控訴人らの賠償範囲につき考える。

(一)  治療費等について

被控訴人が昭和四二年一〇月五日から昭和四三年四月二六日まで古畑病院に入院して治療を受けたことは、当事者間に争いがない。

1  控訴人山田昭男が古畑病院における昭和四二年一二月二〇日分までの被控訴人の治療費金三一万五四二三円を支払つたことは、当事者間に争いがないので、右支払ずみにかかる治療費は本件事故に基づく損害額に計上されるべきものである。

2  〔証拠略〕によれば、被控訴人が古畑病院において昭和四二年一二月二一日から昭和四四年六月二〇日までの間に受けた治療の費用額が合計金三五万八一一九円に達したことを認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

3  〔証拠略〕を総合すると、被控訴人は古畑病院に入院中における家事処理の必要上、昭和四二年一二月四日から昭和四三年四月二六日までの間大成看護婦家政婦紹介所より家政婦の派遣を受け、その料金等として合計金二一万六二五七円の支払をしたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

4  〔証拠略〕を総合すれば、被控訴人は古畑病院を退院後昭和四三年四月二七日から同年六月二〇日までの間、本件事故による傷害につきマツサージ治療を受け、その費用として合計金二万七〇〇〇円の支払をしたことが認められ、右認定に反する証拠は存しない。

5  被控訴人が昭和四二年一〇月五日から昭和四三年四月二六日まで古畑病院に入院したことは前記のとおり当事者間に争いがないところ、この間における入院雑費として必要な金額が一日当り金二〇〇円を下らないことは公知の事実であるから、右二〇五日間の入院期間中被控訴人は雑費として最低限金四万一〇〇〇円の支払を必要としたものと認めるのを相当とする。

(二)  休業損害について

〔証拠略〕を総合すると、被控訴人は、本件事故当時訴外三菱電機株式会社の相模製作所世田谷工場にゴム工として雇傭されていたが、本件事故による受傷のため、昭和四二年一〇月六日から昭和四三年一〇月一五日まで欠勤し、その期間中給料および賞与の支給を受けられなかつたものであるところ、右の欠勤がなかつたならば、(イ)昭和四二年一〇月六日から同年一二月末日までの給料として、欠勤前三ケ月間(同年七月から九月まで)に支給された給料の手取額合計金八万二七一〇円の一ケ月平均額二万七五七〇円を基準とする金七万七三七三円(円未満切捨。なお、昭和四二年一〇月分は右平均月額の三一分の二五)、(ロ)昭和四三年一月から同年一〇月一五日までの給料として、右会社の計算にかかる一ケ月分の平均賃金三万二二二八円を基準とする金三〇万五六四六円(円未満切捨。なお、昭和四三年一〇月分は右平均賃金の三一分の一五)、(ハ)昭和四三年六月の賞与(中元手当)として金四万四〇八〇円、(ニ)同年一二月の賞与(年末手当)として金七万二五二四円(被控訴人は右年末手当の支給時期前に再び出勤するようになつたことが明らかであるけれども、右年末手当の受給資格のないことが弁論の全趣旨によつてうかがわれる。)、以上合計金四九万九六二三円の支給を受け得たであろうことを認めることができる。右認定を動かすに足りる証拠は存しない。

(三)  後遺症にかかる損害について

被控訴人が昭和四二年一二月四日自動車損害賠償保険法第一六条所定のいわゆる被害者請求に基づき訴外大成火災海上保険株式会社から本件事故による被控訴人の後遺症にかかる損害賠償金として金三一万円の支払を受けたことは、被控訴人の認めるところである。(控訴人らは、右金額を金三一万五六二七円と主張するが、その事実を認めうる証拠はないのみならず、控訴人らも、当審口頭弁論期日において陳述されるところがなかつたけれども、昭和四七年九月二六日付準備書面で、右主張金額を金三一万円と訂正している。)ので、右賠償にかかる後遺症損害もまた本件事故に基づき被控訴人のこうむつた損害(本件事故に基づく後遺症に関する損害の額が金三一万円以上に達することについては、何ら主張立証されるところがない。)に列挙すべきものである。

(四)  慰藉料について

叙上に認定した本件事故の態様、被控訴人の受傷の部位程度、その治療の経過、〔証拠略〕により古畑病院において撮影した被控訴人のレントゲン写真であることが認められる甲第一五号証とにより認められる本件事故のため被控訴人の骨盤が全体的に曲がり、これが完全に治癒するには相当な経費のかかる手術を必要とし、生涯分娩は望めないこと、その他諸般の事情(本件事故発生に上記のとおり被控訴人にも過失のあつた点を除く。)を考慮すれば、被控訴人の精神的損害に対する慰藉料は金一五〇万円をもつて相当と認める。

(五)  叙上損害に関する賠償額の算定についての過失相殺および損害補填について

以上(一)ないし(四)において判示した本件事故に基づき被控訴人の受けた損害の全額に当る合計金三二六万七四二二円のうち、本件事故に関する控訴人山田昭男と被控訴人との前掲過失割合を斟酌すると、控訴人らにおいて被控訴人に対して賠償責任を負うべき金額は、その七割を減じた金九八万〇二二六円(円未満切捨)とすべきである。

控訴人山田昭男が古畑病院における被控訴人の治療費のうち昭和四二年一二月二〇日までの分金三一万五四二三円を自ら支払つたことは、先に判示したとおり当事者間に争いがなく、被控訴人が昭和四二年一二月四日自動車損害賠償保障法第一六条所定のいわゆる被害者請求に基づき訴外大成火災海上保険株式会社から保険金として金四九万四五七七円の支払を受け、その内金一八万四五七七円が治療費等、残金三一万円が後遺症にかかる損害に関するものであつたことは、被控訴人の認めるところである(後遺症損害についての支払の事実については先にも説示したところである。)。

してみると、前記金九八万〇二二七円の損害賠償金については、右補填ずみの合計金八一万円を控除した残金一七万〇二二六円が未払であるというべきである。

(六)  弁護士費用について

被控訴人が本件訴訟の提起および追行を弁護士に委任するについて報酬金等として金五〇万円の支払を約定したことに関しては、その事実を認めうる証拠はないけれども、本件訴訟の経過その他諸般の事情を総合勘案すれば、本件事故による損害として控訴人らが被控訴人に対して賠償の責に任ずべき弁護士費用の額は金五万円をもつて相当と認める。

三  さすれば被控訴人の本訴請求は、控訴人ら各自に対し前掲二の(五)の末尾に記載した金一七万〇二二六円およびこれに対する本件事故(控訴人山田昭男の被控訴人に対する不法行為)発生の後である昭和四二年一〇月六日以降支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金と前掲二の(六)に記載した金五万円の範囲において認容すべきであるが、その余については棄却すべきものといわなければならない。よつて、原判決中控訴人ら敗訴の部分の取消を求める本件控訴及び本件附帯控訴により拡張にかかる被控訴人の請求の各一部を理由があるものとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条本文、第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用し、主文のとおり判決する。

四  なお、控訴人ら代理人は、昭和四七年一二月一三日午前一〇時の当審口頭弁論期日において、同代理人不出頭のまま口頭弁論が終結された後に、同年同月一四日付で提出し同年同月一八日受理された「口頭弁論再開の申立書」により、先に提出ずみの同年同月九日付準備書面に基づき、被控訴人が本件附帯控訴により請求を拡張したところにかかる弁護士費用金五〇万円についての損害賠償債権に関しては、本件事故発生から三年を経過した昭和四五年一〇月五日をもつて完成した消滅時効を援用する機会を得るため、本件口頭弁論の再開を求めるところがあつたけれども、当裁判所は、その必要がないとしてこれに応じなかつた。その理由は左のとおりであるので、付言する。

自動車交通事故の被害者がその損害の賠償を請求するために弁護士に委任して訴訟を提起しこれが追行に当らせたことに基づく損害に当るいわゆる弁護士費用についての賠償請求権の消滅時効の起算点としての「損害を知つた時」(民法第七二四条)とは、訴訟の提起を弁護士に委任した時であると解するのが相当である。けだし、弁護士費用の負担による損害は、事故による負傷のための治療費等に関する直接損害とは異り、賠償義務者の任意の履行がなされないため権利者において訴訟の提起を弁護士に委任した時に始めて生ずるものというべきであるからである。

(裁判官 桑原正憲 西岡悌次 青山達)

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